« 分析家の独り言 181 (年頭にあたり思う) | トップページ | 分析家の独り言 184 (症状・生きにくさを薬に頼らない) »

2009年5月29日 (金)

分析家の独り言 182 (私の生きる意味)

昨年末より、自分のなかで問いかけていたことがある。

自分の生きる意味である。

なんのために自分は生まれてきて、なんのために生きるのか。

自分の人生は生きるに値するのか。

この答えは、どこにもない、自分で意味づけるのみである。

私はこう意味づけた、「本当のこと、真理を知るために生まれ、生きていく」と。

そこに自分の存在意味を見出した。

分析家仲間の「分析をするために生まれてきた」という言葉を聞いて、自分のなかでくすぶっていたものが回り出した、「じゃあ、自分は何のために・・・?」

親は大人は、子どもである私に、ああだ、こうだといろんなことを語った。

親は自分が正しいと思うことを、子どもである私に押し付け、言うこと聞かなければ見捨てるぞと言った。

子どもながらに、それは違うだろうと思うことがあっても、親の言うことを聞かなければ、あの家には居られなった。

そうして嫌でも聞くしかなったことが、未だに私に影響を及ぼしていることがある。

そのことの一つ一つを検証しなおして、そのことの真否を、答えを出していく。

人は完璧ではない、間違うこともある。

代々受け継がれた間違いを、私の代で見直し訂正していき、本当のことは何か、真理は何かを求め続ける。

その基本となるものが分析理論、フロイトやラカンの説いた精神の構造であろう。

分析は生きることそのものだから。

自分で物事を考え、しかし人の意見も聞いて、最終的には自分で物事の善し悪しを判断できる、行動できる心の構造を私より後の子どもたちに残していきたい。

分析を続けてこられたのは、悪しき伝統は私の代で清算し、少しでも良いものを子どもたちに残したい、自分のような人間はもうつくりたくないという想いであった。

そのために、分析を通して自分を見つめ続け、自分を否定し殺し、生まれ変わる作業を積み重ねてきた。

それが今、私の生きる意味として結論づけられた。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/オールOK!子育て法のページ

http://indoor.lacan-msl.com/不登校・ひきこもりに悩む方々へのページ

http://tokyo-mtl.com/analysis/"月刊精神分析 もご覧ください

京都、福岡、大阪へ毎月出張しております。

« 分析家の独り言 181 (年頭にあたり思う) | トップページ | 分析家の独り言 184 (症状・生きにくさを薬に頼らない) »

分析家の独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 分析家の独り言 182 (私の生きる意味):

« 分析家の独り言 181 (年頭にあたり思う) | トップページ | 分析家の独り言 184 (症状・生きにくさを薬に頼らない) »

2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ