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2009年5月29日 (金)

分析家の独り言 197 (真に生きる、生きなおす

あるクライアントの語りである。

分析により自分を見つめ、自分を知ろうとしてきた。

そして「命に代えてあんたを守ってあげる、生かせてあげる」と言ってくれる人を求めてきたことに気付いた。

しかし自分が生きてくるなかで、そんなことを言ってくれる人に出会えなかった。

今でもそんな人に出会いたいが・・・

だからせめて自分の子どもたちには、母親である自分がそういう存在になろう。

そう思える人たちが分析の戸を叩くのだろう。

その時点で意識はしていなくても。

人は物やお金があるからといって、必ずしも幸せになれるとは限らない。

しかし、人はせめてお金を得て安心を得たいと思う。

人が自立していくには、膨大な愛情が必要だった。

母の胸に抱かれ、絶対的な安心と安全の中で守られ、母の乳房を口に含くんだ、そんな幸せなときを充分過ごすこともなかった。

それがないから、自分を守ろうとして、子どもを自分の思うように動かして安心したい。

やたらめったら動き回ったり、真面目に一生懸命、正しく生きる。

それら、不安と恐怖を回避するための生きかたではないか。

その不安と恐怖に捕まる恐怖に、また追い立てられる。

そういう生きかたをして、自分は真に生きたといえるのだろうか。

自分は何が欲しかったのか、何がしたかったのか、どう生きたかったのか?

自然とそういう問いが自分のなかに生まれる。

それを問いかけたときから、自分を生きなおせる。

遅ればせながらもここにたどり着けたことがうれしい、幸せという。

私にも命に代えて私を守ってあげると言ってくれる人はいなかったが、子どもにとってはそういう存在であり続けよう。

子どもが悩んだとき、困ったとき帰ってこられる母港でいよう。

この想いは、分析場面でクライアントにもいかせることがあるだろうと思う。

きっと分析に出会うまでの私は、冷たい孤独な人間だったと思うが、こんなことを思うようになったかと、一人物思う。

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