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2009年5月29日 (金)

分析家の独り言 200 (子どもの気持ちをくむ)

(以下の文章は、クライアントの了解を得て、掲載しています)

あるクライアントの子どもが、朝「保育園に行きたくない」という。

休むのなら園に電話しなければと、電話をかけよいとすると、「やっぱり行こうかな」という。

かけかけた電話の受話器を置く。

子どもが「お母さん、どうしたらいいと思う」と聞いてくる。

「○○ちゃんが行きたくないなら休んでいいし、行きたいなら行けばいいやん」と母であるクライアントは答える。

それでも子どもは行く・行かないを繰り返す。

これまではクライアントはこの子どもの言葉に疲れてしまっていた。

「行くの、行かないのどっちなの」「行かないなら行かないでもいいから、はっきりして」と心の中で 思っていた。

それが、子どもの迷う様子を見ていて、「○○ちゃんは、行きたいけど、行きたくないんやね」「行きたくないけど、行きたいと思ってるんやね」と言った。

その時、子どもがニコッとしたという。

そして、これでいいんだと思った。

今まで、クライアントは子どもに何か聞かれたらしっかり答えを言わなければいけないと思い込んでいた。

ところが子どもは必ずしも答えを求めているのではなく、迷っている、悩んでいる気持ちをくんで欲しいんだということがわかったと言った。

そして、「それを私は(母に)されたことがない」とも言った。

悩みながら、迷いながらも子どもにオールOKし、対応していくと、こうして子どもに教えられとこがある。

自分に経験のないことは基本的には理解できないし、やりようもないのだが、それがあるとき「これか」ということに出会い、気付くことがある。

これを宗教の言葉で言えば、『悟り』というのだろう。

クライアントはこれまでの子どもへの対応のまずさに自ら気付き、「これでは子どもは満たされませんね、だめですね」と言った。

しかし母親がこうして気付けば、これから子どもへの対応が変わってきて、子どもの表情や言動も変ってくるだろう。

分析家として、うれしい気分になれるひと時だった。

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