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2009年5月29日 (金)

分析家の独り言 201 (娘と共に)

最近下の娘が私と一緒にケーキを作りたいという。

昨日、日曜日の午後娘と二入、「ああでもない、こうでもない」「ほら、見て」等といいながら作った。

娘は、母親である私と一緒に作りたいという。

ふと、思い出した。

そう言えば、2~3年前だろうか、娘に「私は小さい頃もっと、お母さんに遊んでもらいたかったのに、すぐお昼寝させた」

「ままごととかしたかったのに、お昼寝させられて目が覚めたらいつもお母さんはいなかった」

「あの時もっと遊んでくれたらよかったのに」と言われたことがあった。

そう確かに昔、小さい娘ををお昼寝させて、その間に家事や家業の仕事をしていた。

子どもが起きていたのでは仕事がはかどらず、寝てくれている間に済ませていた。

今一緒にケーキを作りたいというのは、その取り返しなのかと思った。

二十歳を過ぎた今からままごとをするわけにもいかず、それをケーキ作りに置き換えたのだろう。

ただ作ればいいというのではなく、一緒に作って楽しみたい、それを一緒に食べるのがまた楽しみと娘は言う。

これは心して、しっかり応えていかなければいけないと思った。

「しっかり応えていかなければ」というところに、私の欠損が自分でわかる。

そうしなければ、「ただやればいいんでしょう」、どうかすれば、「忙しいのにめんどくさいな」がでてきそうだからだ。

私も母と一緒に遊んでもらったことも、何かを一緒に作って楽しかったという経験もない。

それのことに母に文句を言ったりしたこともない、あきらめていたのだろう。

そんなことをできる母ではないと。

しかし、娘は母である私を求めている、それはすごく健康的で普通のこと。

私も娘と一緒に楽しみながら、ケーキを作って食べよう。

これが共にということ。

共有、共生、共感が大事と言葉だけでなく、体や気持ちで再確認しよう。

私の子ども時代にあったのは、共生ではなく強制だったなと一人苦笑する。

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