« 分析家の独り言 202 (非行の息子にオールOKして) | トップページ | 分析家の独り事 204 (今を生きる:その2) »

2009年5月29日 (金)

分析家の独り 203 (今を生きる)

子どもの非行や、ひきこもりなど、様々な問題を乗り越えたクライアントたちは言う。

その問題の最中では、もうどうしようもないと絶望することもあったが、自分を見つめながら長く暗いトンネルを抜けると、どんなに大変なことも、自分に必要なことだった。

人生に失敗はない、と。

分析によって過去に整理をつけ、今を肯定できるようになる。

様々な過去のマイナス面も今の自分に至るために必要だったことになる。

クライアントに多いのは、「たられば」で過去を生きている。

あの時、「もしこうだったら」「ああだったら」「そうしてたら」「ああしてたら」・・・「自分はこうなってなかったのに」「もっと幸せだったかもしれない」と、今に立てずに過去を悔いながら生きている。

これを「たられば人生」という。

今が上手くいかなくなると、すぐに過去に逃げてしまう。

もしあの時ちがう道を選択していたら、こうもなっていた、ああもなっていたかもしれないと、想像や空想、イメージの世界に逃げ込んで遊ぶ。

しかし、それは所詮イメージであって現実ではない。

過去は過ぎ去った時であり、もう変えようがない事実である。

それに囚われている限り現実への対応・解決能力はほぼない。

だから、現実は変えようがなく、相変わらず過去を見続けている(=過去を生きる)

分析は常に「今ここに」が大事だと言う。

そして今ここにたって、今を味うこと、楽しむこと。

そういう意味では、分析とは過去に生きている死者たちを、今に生き返らせるとも言えるのではないか。

« 分析家の独り言 202 (非行の息子にオールOKして) | トップページ | 分析家の独り事 204 (今を生きる:その2) »

分析家の独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 分析家の独り 203 (今を生きる):

« 分析家の独り言 202 (非行の息子にオールOKして) | トップページ | 分析家の独り事 204 (今を生きる:その2) »

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ