« 分析家の独り言 211 (オールOKの末にみえたもの) | トップページ | 分析家の独り言 213 (母を超え、更に進む私の人生) »

2009年5月29日 (金)

分析家の独り言 212 (虐待の連鎖を止める)

ここのところ、虐待による子どもの死亡事件が続く。

冷蔵庫に男児遺体「縛って箱に入れたら死んだ」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090429-00000538-yom-sociという事件。

その少し前には、大阪西淀川小4女児遺棄事件http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090429/crm0904292249023-n1.htm

無力な子どもは自分のおかれている環境が劣悪であっても、自らの力で変えることも、逃げることさえ難しい。

泣き声がうるさいからと紐で縛られ、衣装ケースに入れられ死亡した男児。

子どもは泣くことでしか訴えようがなかったのだろう。

4歳であれば言葉が話せただろうが、言葉を発することと、それを正確に受け取って理解されることとは違う。

紐で縛られ、狭い衣装ケースに入れられたときの男児の気持ちは、どんなに心細かっただろうか。

大阪西淀川の事件では、ベランダに放置されたり叩かれることがあったという。

どちらのケースでも子どもは、もうこの親の元では自分は生きていけないと、自ら生きることをやめたのかもしれない。

クライアントの養育史を聞く中でも、家を閉め出され、外に放り出されたというのが多々ある。

親は一定の時間放りだ出し、またすぐに家に入れてやるのだからと軽い気持ちでいるかもしれないが、自分の力で生きていけない子どもにとっては、例えそれが短時間であっても、死の恐怖である。

親自身が子ども時代に、そのまた親から同じようjに虐待(叩かれる、家から閉め出される、縛られる、ご飯をたべさせてもらえない等々)を受け、それは辛いことのはずなのに、同じことを我が子に繰り返してしまう。

虐待、見捨て言葉や行為は子どもの心に大きな傷を残す。

それが癒されないまま親になった人は、その傷をまた次の世代である子どもに引き継がせてしまっている。

こうして不幸な連鎖は繰り返され、事件という形、子どもの死を持ってしか終結しないのか。

それではあまりにも人間は愚かな存在としかいいようがない。

自分を振り返り、自分を知っていくと、傷ついた悲しい自分が出てくるが、それをしっかり意識し自覚すれば、無意識にマイナスの言動を垂れ流すことを止められる。

この無意識を書き換え、負の連鎖を事件が起こる前にくい止めたいと願う。

« 分析家の独り言 211 (オールOKの末にみえたもの) | トップページ | 分析家の独り言 213 (母を超え、更に進む私の人生) »

分析家の独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 分析家の独り言 212 (虐待の連鎖を止める):

« 分析家の独り言 211 (オールOKの末にみえたもの) | トップページ | 分析家の独り言 213 (母を超え、更に進む私の人生) »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ