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2009年6月22日 (月)

分析家の独り言(子どもを呑み込む親)

母親は自分が親にして欲しかったことを、自分の子どもにする。

それは母がして欲しかったことで、子どもがして欲しいこととはずれる、違う。

例えば、私は子どもの頃あまりおもちゃというものを買ってもらえなかった。

友達が当時流行った、バービー人形やリカちゃん人形の着せ替えをいくつも持っているのがうらやましかった。

それを買って欲しいと言ってもおそらく買ってももらえないだろうと思い、親にそれをねだることはなかっただろう。

女の子が生まれて、まだ小さい我が子に、私はリカちゃん人形を買った。

あれは私が欲しかったのだ。

私の母は私の嫁入りのために、箪笥に溢れるほどの着物を詰めて持たせた。

結婚後その着物は仕付け糸がついたまま眠っていた。

あれだけの着物をお金に換算すると相当なものになるだろう。

しかし私にはそれほど必要ではなかった。

それなら、もっと子どもの頃から欲しいものを欲しいときに買ってもらった方がどれだけありがたかったことか。

あれは、私の母がその親にして欲しかったことではなかったか。

同じことを言ったクライアントがいた。

彼女もまた、かつての私と同じように母の欲望で生きた人だった。

自立した母でないと、我が子を分身と思い、子どもに自分の夢を託す。

親の自己愛を満たす道具にしてしまう。

子どもの意思や主体性は無視され、不適応を起こす。

それが不登校やひこもり、非行、精神的病理であったり、生きにくさとなって表れる。

親自身の欠損を子どもで補おうとする。

それこそ母の分離不安であり、子どもを一個人としてみていない証拠である。

親自身が自分を振り返り、本当の自分に気付き知らないと、いつまでも子どもを取り込んでしまう、呑み込んでしまう。

そして子どもはいつまでも自立できないで、病んでいく。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://lacan-msl.com/bunseki/
月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

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