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2009年6月19日 (金)

分析家の独り言(意味の病)

ラカンは人間は意味の病であるという。

もう何年も前、外から帰ってきて家に入ろうとしたら、玄関のドアの前に水の入ったバケツが置いてあった。

当時住んでいた地域では、ゴミ収集車が行った後を水で流すことを当番制でしていた。

そのための水を家人が置いたものだった。

それを見たとき、私の中で「嫌がらせか」という言葉が出た。

その心の声を聞いたとき、ハッとした。

このバケツは何も言っていない、ただそこにあるだけ。

それなのに私は嫌がらせという声を聞いた。

玄関の前に置かれたバケツに「嫌がらせ」という意味をつけた。

何で?

自分が家に入ることを邪魔されているように私は感じたということ。

排除されている、心良く思われていない、そんな想いがあったのだ。

このとき気が付いてハッとしたが、もしかすると私はこれまでも、自分の裡に内在化したマイナスイメージがあり、こういう声を聞いていたかもしれない。

人の言葉を正確に聞かず、自分の無意識に彩られた聞き方をしてきたかもしれないと思った。

そのためにマイナスの意味をつけ、勝手に怒ったり不機嫌になったいたこともあるかもしれない。

これは大変なことだと思った。

病理になると、心の声としてではなくこのバケツがしゃべりだす。

それが幻聴といわれるものでもある。

クライアントも、同じように意味の病を語る。

人の何気ない言動に、クライアントは意味を見出す。

嫌われた、排除されたと感じたり、人が恐いという対人恐怖のクライアントは外に出ると、自分の悪口を言われるとか、攻撃される気がするという。

それでも何とかそのマイナスのイメージに打ち勝とうと、クライアントは葛藤し、心的エネルギーを使い、疲れ果てる。

または外に出られないクライアントもいる。

こういうクライアントにとって外に出ることは大変なことである。

それを一般の人や家族にも理解されず、孤立し、ますます追い詰められていく。

まずこのクライアントの語りに耳を傾け、理解者となる。

そしてどの言葉のまたは行動の何と何をチョイスしたのか、そのチョイスの仕方、どういう意味をつけたかを分析していき、クライアントの無意識に迫る。

ある意味謎解きのようなものである。

しかしそれによって、クライアントがこの無意識の構造に気付けば、そのマイナスの感じ方は修正されていく。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://indoor.lacan-msl.com/不登校・ひきこもりに悩む方々へのページ

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