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2009年8月17日 (月)

分析家の独り言(感情を取り戻し人間として生き返る)

健康な精神のためには、怒りたいときに怒り、泣きたいときに泣き、悲しいときに悲しむというように感情を出すことである。

これを子ども時代から経験し、最初は母親とその感情を共有する=共感する。

ところが多くのクライアントは言う、「泣いてはいけない気がした」「感情をだすことに抵抗がある」「自分の感情に自身がない」「自分に感情がない気がする」などと。

これでは、自分の感じた怒り・悲しみ・憎しみ・喜びなどの感情を自分のものとして肯定し、感情豊かに過ごすことはできない。

自分は冷たい人間かと思う。

感情を出すには、その感情を受け取ってくれる人がいるから出せる。

例えばつまづいて膝を擦りむいたときに、子どもは痛くて泣く。

そのときに「ああ痛かったのね」「大丈夫?」よしよしとされれば、痛くて泣いている自分の感じ方はOKとなる。

しかし、「痛くない、痛くない」「それくらい大したことじゃない」と言われてしまうと、私が今感じている痛みは痛みじゃないの、と?(ハテナ)がつく。

だんだん自分の感じ方の自信がなくなっていく、自分自身にも自信がなくなる。

言葉で自分の思うこと、考えを伝えることが出来ず、溜めに溜めて最後に泣くしかなくなる。

しかし、この精一杯の表現も「泣くな」のひと言で切られることがある。

こうなったらもう泣くことも出来ず、感情のないロボットのように生きていくしかないだろう。

私の子ども時代を思い出した。

母は教師で、私が目を覚ますとすでに母は仕事に出かけていなかった。

母のいない昼間は、一緒に住んでいた祖母と過ごした。

幼稚園に行く前頃だったろうか、母を思い出し寂しくなって母が着ていた服を抱きしめて、母の残り香を嗅ぎながら一人で泣いた。

そのとき私は泣いている自分を見られてはいけないと思った。

それは記憶にはないが、多分まだ小さかった私は、母を思い出して泣くことがあったのだろう。

それを見た祖母か、祖父か、それともそれを聞いた母かが、「泣くな」と言ったのだろう。

泣くなと言われても寂しい気持ちは抑えられず、見られないように一人こっそり泣いていたのだろう。

寂しい、母にずっとそばに居て欲しい、これが小さい私の願いだった。

しかし、忙しく働く母にそのことを言った覚えは無い。

寂しい気持ちも、母と一緒にいたい気持ちも小さな胸にしまい、封印していった。

そして私も感情のない冷たい人間になっていた。

私にとって分析は、感情のないロボットから血の通った感情をもった人間になることが治療目標の一つであった。

今クライアントたちの叫びが私に昔の私を思い出させ、「ああ、それは私だと」いえる。

分析は、情動とともに過去を語り、感情を再現し、もう一度人間として生き返る場である。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://lacan-msl.com/hikou/非行・家庭内暴力に悩む方々へのページ

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