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2009年9月27日 (日)

分析家の独り言275(母は子どもの母港)

下の娘の体調が戻りかけホッとしていた昨夜。

電気をつけたままウトウトしていた私の部屋に、今度は上の娘が倒れ込むように入ってきた。

「どういたん?」と私。

娘は手を差し出して、「もんで」と言う。

言われるままに、親指と人差し指の付け根の間をもんだ。

聞くと、「吐きそう、気持ちが悪い」と言う。

「えっ、また(この子も)」と思った。

しばらくもんでいると、娘はからだを引きずるようにしてトイレに行った。

私は外で心配しながら待っていた。

ドアが開いたので、「大丈夫?」「吐き気はどう?」と聞いた。

娘はポツリ、小さな声で、「多分、受け入れたくないことがあるからやと思う」と言った。

「ああ、それはきっとそうやと思う」と私。

背中をさするくらいしかできずにいると、娘は自分の思い当たることをひとしきり話し出した。

話終わった頃、もう一度「吐き気する?」「どう?」と聞くと、「もう大丈夫」と娘は答えた。

娘は悩んでいた、腹も立てていた。

それを言葉で吐き出して、吐き気はなくなったようだ。

母親とは、子どもの話を聴き続け、受け取り続ける存在。

しんどい時、辛いとき、悩んだとき、困った時、腹が立った時、また嬉しかった時にも、帰っていくところ=母港。

私にはそんな母港はなく生きてきたんだなと思うと同時に、娘にはなんとか出来ている自分がいることにホッとしている。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法のページ

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