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2009年11月 6日 (金)

分析家の独り言(会話の力)

クライアントのから、「Yes」の裏の「No」を読み取りながら会話をするというのを幾例か聞く。

「~したいんだけど、どうかな」「いいかな」と聞いて、相手が「いいよ」と言っても、その裏には「ダメ」が含まれているのではないかと思うというのである。

この会話は非常にややこしく、会話が成立しにくく、互いの思惑が交錯し混乱する。

これとともに多いのは、察するという会話である。

言葉ではっきり「ダメ」とか、「~しなさい」とは言わないが、遠まわしにそれを言っていることを察するというもの。

兄弟が親に怒られているのを見聞きして、自分にもそれをするなと言っているんだと察する。

親が他人の行為に文句をつけて、子どもは親がそういうことを好まないんだ→してはいけないんだと察するなど。

言葉で「勉強しろ」とは言われないが、勉強していると親の機嫌がよければ、それは「勉強しなさい」と言われたのと同じことになる。

非言語的会話とでもいうべきこれらの会話は、病んだ家族に多い。

会話が何か、どういうものかわからないというクラインともいる。

正常な会話をしてきているか、非常に怪しくなる。

一方通行の命令指示も会話とは言わない。

会話とは言葉のキャッチボールであり、会話によって人と人が理解しあい、共感や合意が得られるものである。

自分の考えや意見を言うと同じように、相手の考えや意見も聞き、自分の主張をどこまで通し、相手にどこまで譲るか。

自分を主張するばかりで相手が自分に合わせることだけを望んだり、自分を殺して相手に譲るばかりでも良好な関係はつくれない。

どこまで出して、どこまで引っ込めるか、これを子ども時代から親との会話で学習していく。

まずは子どもは親に自分の言いたいことを言えること。

親はオールOKして、子どもの言うことをしっかり受け入れ聴く。

この聴いてもらうことがそもそもない。

しっかり聴いてもらうから、子どもは成長とともに、人の話を聞ける様になる。

親がろくに子どもの話も聞かないで、親の話を聞けというのは無理である。

人は基本的にしてもらったこと(体験したこと)は出来る。

またされたようにしか出来ない。

会話ないの夫婦、会話のない親子、会話のない家族、これらは互いの理解や思いやり、信頼、親密さ、愛着が育たない。

第三者が聞いていると、全く話しがかみ合っていないのに話が終わらず会話であるかのようにみえるものもある。

今一度、自分達がしている会話は、本当の意味で会話といえるかを見直してみてはどうか。

カウンセリングで話を聞いてもらい楽になる、癒されるというのは、理解と共感的態度で話を聞いてもらうからだろう。

分析はこのカウンセリング的理解と共感を持ってクライアントの話を聴き、さらに無意識や心の構造に踏み込む。

それらを薬や暗示、催眠などを使わず、会話によって行う。

この会話によって、理解され、癒され、気付き、変容し、成長していく。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

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