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2009年12月11日 (金)

分析家の独り言(娘の買い物に付きあって:親とは)

娘が「買い物を楽しめない」と言ったことがあった。

「どうして?」と聞くと、

娘がレジに並んでいて、先に並んでいた人がかごを置いたまま商品を見に行って、自分が先にレジを通すところだった。

そこに前の人が帰ってきて、店員は娘のレジをするのをやめて帰ってきた客を先に精算しだした。

娘は「自分が先だろう」と言いたかったが言えなかった。

そうして言えなかった自分と、小さな事にこだわっている自分が嫌だったと言う。

また、買い物で店員から説明を受けたり、商品を勧められたとき、自分が納得していないのに「はい」と言ってしまったり、欲しくも無い物を買ってしまったりすることがあると言う。

私は自分の欲しい物を買いに行って、何にしようか、どんなものがあるかと楽しみで行く。

自分の気に入るものに出会えると嬉しいので、買い物は楽しいことだと思っていた。

なるほど誰もが買い物を楽しいと思うのではなく、その人なりのいろいろな想いがあるんだなと思った。

それで娘は買い物に行くとき私に付いてきて、一緒に行こうとよく言っていたのだ。

あるときコンポを買いたいと、大型家電量販店へ一緒に行った。

店員に説明を受け、娘は自分なりに質問をし納得したようで買うことに決めた。

精算もしたが、店員の言葉に納得のいかないことが出てきて、また悩み出した。

私もそばで聞いていておかしいなと思うことがあったので、結局その場でキャンセルした。

娘は今も分析を受けている。(親子・兄弟・夫婦は分析できないので、惟能氏に分析をお願いしている)

娘がそのことを惟能氏(分析者)に話たところ、 「今度の分析はコンポを買いに行くことにしましょう」と言われた。

そこでまた娘は悩んだ。

また自分の言いたいことが言えるだろうか、、また店員にも分析者にも自分の想いが言えず、いらないのに買ってしまうのではないかと。

私は店員はまだしも、分析者にも言いたいことが言えてないことがあるのかと少し驚いた。

分析者を信頼し頼っていると思っていたが、娘は本当に真から信用しきっているわけではなかった。

思わず私は、「先生に全部言いたいことが言えてるわけじゃないなの?」「まだ先生の前ではいい子でいたいの?」と娘に聞いた。

娘は「そうだ」と言った。

そして、「コンポを買いに行くときお母さんも付いてきて」「横にいて、本当に納得したか、それでいいか、買うときに聞いて」と言った。

結局、分析者である惟能氏と娘と私の三人で家電店に行きコンポを買うことになった。

店員を惟能氏が呼んでくれた。

私はそばにいて、娘は自分でどういう機能のものが欲しいかを話し、説明を受け店員とやり取りしていた。

惟能氏と私はほとんど話すことなく、そばにいただけで娘が聞いて決めていった。

私は言われていた通り、いざ買うとなったときに「それでいいやね。納得したんやね。」と娘に聞いてと言われていたことを娘に言った。

娘は「これでいい」と笑顔で言った。

先生も私も何をしたわけではない、しかし家に帰って娘は「二人がいてくれて安心だった」と言った。

そんなものかもしれない。

見守られている、そばにいてくれて何かの時には助けてもらえるそういう存在があるのと無いのでは気持ちが違う。

親とはそういうものなのだと、娘の買い物の分析に付き合って思った。

分析者の立場としては、クライアントの信頼を得るには時間がかかり、大変なことだと実感した。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

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