« 分析家の独り言(広島からの分析依頼によせて) | トップページ | 分析家の独り言(1月京都理論講座より) »

2010年1月13日 (水)

今週のメッセージ(平成21年11月12月分)

オールOK!子育て法http://mama.lacan-msl.com/ に掲載した、「今週のメッセージ」9月、10月の過去ログです。

子どもに合わせる(平成21年12月30日)

親は子どもに合わせ、子どもの要求に応える。
ところが子どもが親の顔色を見、親にあわさせられる。
子どもが親にくっつきたいときには「忙しいから」と排除しておいて、親は自分の都合の良いときに都合のいいように可愛がる。
それで「私はこの子を可愛がって育てました」と言う。
自分の言動に何の疑問も矛盾にも気付かない。
これでは子どもは自分が大事にされた、可愛がられたとは思えない。
後に様々な問題が起こるだろう。

(平成21年12月22日)

母親というものの大きさをあらためて思う。
生理的早産でこの世に生み出された赤ちゃんは、母による手厚い世話と愛情によって育つ。
未熟で自分では何もできない我々の人生の初めに、母という救い主がいる。
だからこそ、赤ちゃんの生命をも左右する母という存在は大きな意味と価値を持つ。
この母が子どもに関心がなく、自分のことで精一杯であったなら子どもの心は育たない。
母親がその母親との愛と憎しみの葛藤を抱えていたのでは、適切な世話はできない。
オールOKをしつつ、この母の愛と憎しみの葛藤(コンプレックス)を解消していくことである。

子どもの気持ちは(平成21年12月13日)

土曜日の朝、駅に向かう途中出くわした光景である。
保育士の押す乳母車に2~3人の幼児が乗っている。
その中の一人は保育士に抱っこされて泣いていた。
その保育士は、「抱いても泣くんなら車に乗って。はい、残念でした」と言って、その子を乳母車に乗せた。
確かに子どもを抱きながら、幼児が乗った乳母車を押すのは大変だったのだろう。
しかし、この子の気持ちはどうなるのか。
母親の都合(仕事)で、保育園に預けられ、寂しかったのか、何か言いたいことがあったのだろう、泣いて何かを訴えいている。
この子のお母さんはどうしているのだろう、不況の中子どもを置いて働かなければならないのだろうか・・・いろんな想いが頭をよぎる。
いつまでもその子の泣き声が聞こえ、胸が痛かった。

自分を持つ(平成21年11月18日)

生きていくとは、選択の連続である。
するかしないか、こっちの道をとるかあっちの方向に進むか、それも二者択一とは限らない。
自分というものを持っていなければ、迷うばかりで、決められない。
そうすると人に合わせ、流されている方が楽になる。
しかしまた人に振り回され、これはこれで疲れてしまう。
自分というものをいかに形成し、堅牢でありながら柔軟であるという、この相矛盾したものを自分の中で矛盾なく統合することである。

言葉(平成21年11月09日)

『オールOK子育て法』を世間で話すと、「そんなに子どもをわがままにしていいんですか」と言われる。
そのようにほとんど分析でいう常識は世間の非常識となり、世間の常識は分析でいう非常識となる。
世間(親)の常識で生きることが正しいと教えられる。
子どもはそれが本当に正しいのか検証することもできず、そういうものかと思うしかない。
また親からくり返し言われた言葉は、しっかり子どもの心に刻まれ、刻印される。
その言葉に従って生きることになる。
子どもに話すときは、心して話すこと。
その言葉がその子を一生左右するかもしれない。

宣照真理(天海有輝)

過去の今週のメッセージは、http://lacan-msl.com/diary2/宣照真理のセラピー日記と
http://diary.lacan-msl.com/天海有輝のセラピー日記 分析家の独り言に掲載しています。

« 分析家の独り言(広島からの分析依頼によせて) | トップページ | 分析家の独り言(1月京都理論講座より) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今週のメッセージ(平成21年11月12月分):

« 分析家の独り言(広島からの分析依頼によせて) | トップページ | 分析家の独り言(1月京都理論講座より) »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

無料ブログはココログ