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2010年4月20日 (火)

分析家の独り言 342 (生きる意味)

人が生きる意味を見出すには、未来への展望が自分で描けるからではないか。

ひきこもりや家庭内暴力の人達の中には、親に「死にたい」、「自分を殺せ」という言葉を吐く事がある。

無力感にとらわれ、これといってしたい事好きな事も見つからず、ただ漫然とその日を過ごすことに生きる意味を見いだせないだろう。

過去に囚われ、その傷や不快感、怒り、様々な過去の感情に固着し続ける。

心の時計は過去に固定され留まり続ける。

動けない。

多くのひとが未だ過去に生きている。

もしくは、そういった過去を含め自分について考えないようにしている。

考えないことによって、不安や悔みから防衛している。

こうして一応の安心と安全を得るが、今という時を失う。

今という時勢がなければ、過去と未来はつながり、その区別がない。

つまり過去=未来ということ、過去と未来は同じ。

過去とは絶対に書き換えられないもの、変わらないもの。

過去=未来ということは、未来もまたこの人にとっては決まっているということである。

もう既に決まっていて、自分の力ではどうにも変えられない未来に希望や理想や意欲を持てるだろうか。

どうあがいても、努力しても変わらないものに人は挑もうとはしないだろう。

ここに人は生きる意味を失う。

「どうでもいい」という言葉が聞かれるようになる。

だから人は考えないようにしている。

ところが、ある出来事がきっかけになったり、大きな問題に直面したりして、考えなければならなくなることがある。

そういう人達が分析の戸を叩く。

分析により、辛くとも自分を振り返り、「自分とは」、「生きるとは」と考え出す。

その結果、過去に整理をつけ、今ここに立つ。

今という時勢で過去と未来を区切り、過去は変えられないが、未来はこれから自分で好きなように描ける事を知る。

ここにその人の生きる意味が生まれる。

生きている実感が得られる。

http://lacan-msl.com/contents.htmlラカン精神科学研究所のホームページ

http://lacan-msl.com/bully/ いじめ対策 イジメ 苛め 月刊 精神分析 2010年04月号

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