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2010年7月20日 (火)

分析家の独り言 375 (7月インテグレーター養成講座より:コンプレックス、愛着)

7月2回目のインテグレーター養成講座は、『無意識論Ⅱ』コンプレックスとコンプレックスの形成を中心に解説した。

興味関心の高い項目の一つであったのか質問も多く、予定の六つの元型(アーキタイプ)と個性化と全体性は話し切れず、次回に持ち越しとなった。


人間が出会うもの、意識できるものは自分のコンプレックスである。

コンプレックスとは、自分にとって不快なものであり、嫌な自分である。

「あの人が気になる」、「あの人が嫌い」とは自分のコンプレックスをその人の中に見ている。

人間が外的世界に発見するものは、自分のコンプレックスであり、認識しないものは私ではない。

すると、何も外の世界に認識するものがないということは=外の世界に全く無関心であり、関わりを持たない=コミュニケーションを必要としない⇒孤立無縁、虚無の世界に生きることになる。

これが自分の事を『透明な存在』と言った、あの神戸の少年A、酒鬼薔薇聖斗である。

こういう意味で、「コミュニケーションは愛着の基本」と言える。


この話しをしたところ、参加しているクライアントの方々は、「愛着を知ってると思っていたけど、自分には無い」と言った。

まずまともなコミュニケーションをしているかが問題。

一方通行の言い放しや、かみ合わない会話を本当のコミュニケーションとは言わない。

クライアントは友人と話す時も、「お互いが自分の言いたいことを言っているだけで、相手の言っていることを殆ど聴いていない」と言う。

ましてや子どもと真のコミュニケーションをしていないし、自分の親とも出来ていない。

同じ日本語を話しているから、通じているつもりだが、どこまで理解しあっているかあやしくなる。

「会話ということがわからない」というクライアントもいる。

会話、コミュニケーションにより、人と人はつながる。

子育ての中で大事なのは、声、まなざし、スキンシップである。

それら全て、母親からの愛着を示す行動である。

母親が子どもに愛着を示さなければ、子どもは愛着を学べない。

「子どもに声をかける」事、それは子どもに関心がある証拠である。

過剰でもなく過少でもない、適切な関心を持って子どもに声をかけ、コミュニケーションしていくところに愛着が生まれる。


そんな話しをしながら、3時間の講座はあっという間に過ぎていった。

http://lacan-msl.com/contents.html ラカン精神科学研究所のホームページ

http://lacan-msl.com/mailmaga/ メルマガ:子育て相談室便り

http://lacan-msl.com/skypetherapy/ skype de stherapy(スカイプ セラピー)

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