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2012年1月 9日 (月)

分析家の独り言 421 (見守る)

見守るとは、子どもに関心を持って、あたたかいまなざしを向ける事。

人間は興味関心のないものには注力して見ない。

どうでもいいものには見向きもせず放っておく。

人は他者のまなざしのもとに、自分の存在が明らかになる。

見られることによって、その他者の目に自分が映し出される。

子どもは母の瞳に自分がどう映っているかを探し求める。

それはいい子としてか悪い子としてか、好かれているのか嫌われているのかなど母にどう思われているのか・・・と。

母親が自分の事で精一杯で、子どもに関心を持たなければ、子どもを見ない、見られない。

子ども達は親に叫んでいる、「私を見て」、「私に関心を向けて」と。

その親である私たちは意識ではもう親の事などこだわっていないと思っているが、無意識は親自身の子ども時代が終わらず、自分と親との関係に固着したまま親を求めている。

親を嫌いだとしても、嫌いという関心の高さがある。

これでは、いくら子どもが親の自分を求めてきても、子どもの声が聞こえない、求める事に応えられない。

親に関心を持って見られない子どもは幽霊か、(神戸の少年Aが神戸新聞社に送りつけた犯行声明文で、「透明な存在であり続けるボクをせめてあなた達の空想の中だけでも実在の人間として認めて頂きたいのである」と書いたように)透明な存在になってしまう。

この関心の持ち方は、親の勝手な思いで、親の思い通りに子どもを動かしたいという関心ではない。

子どもの側に沿った、思いやりを持った関心である。

子どもにとって親、特に初期の母親の存在が子どもにとっていかに重要かを思い知らされる。

当然エディプス期に至る4才以降には、父親の存在も重要となる。


「子どもにあれこれ命令指示をしないで、何を言っているかよく聴いてください」というと、「じゃあ放っておけばいいんですね」というお母さん方には、過剰に関わるか、放っておくかの両極端しかない。

肛門期の関係障害のように、白か黒かの二分法のようで、程よく関わる、程よい関係を結ぶ事がない。

口やかましかった親が黙ると、これまであまりしゃべらなかった子どもがしゃべり出す。

だから、お母さんにはまず口にチャックをしてもらって、無駄口をたたかず、子どもの言葉に耳を傾けてもらう。

親である私達は、その親からされたことがなかったにも関わらずである。

普通なら出来ないのが当然ではあるが、この「~にも関わらずにする」事が尊く、親の自覚のもとにその子の親だから出来る事である。

親は自分の無意識(コンプレックス)と対峙し闘いながら子どもに対応していく、そのために精神分析がある。

    インテグレーター(精神分析家) 安情共恵


精神分析、子育てに関する詳細は下記のホームページやサイトをご覧下さい。
                    ↓
http://lacan-msl.com/contents.html ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法のページ

http://indoor.lacan-msl.com/ 不登校・ひきこもりに悩む方々へのページ

http://lacan-msl.com/hikou/ 非行・家庭内暴力に悩む方々へのページ

http://lacan-msl.com/mailmaga/ メルマガ:子育て相談室便り

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