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2012年3月 3日 (土)

金谷氏今月のメッセージ (平成24年2月)

以下は分析家仲間の拈湧笑界(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ「父性」

 私は乳幼児期2才で父親を亡くし、それ故に父親を知らない。

面影もない、イメージすら作ることは出来なかった。

分析に出会って、自分が男であると言う規定をする事、男性性を育てる必要性を知る。

分析家になり、分析治療を行う際、両性具有でなければ出来ない。

それを感じた時、わが父がどういう人間であったのかとても知りたくなり又、同時に自ら男性性を身につけていかなければならない。

その為にも、より父親を知る必要に迫られた。

 その後、父親の情報を集める為、父を知る人物に会い父を語ってもらったり母親からの情報も得たが、その語りは、直ぐに母子を置いてこの世を去ってしまった怨みに言葉が変わってしまう為、真実のみ検索していく様に心掛けなければ成らなかった。

一番父をよく知っていたのは父の叔母であった。

その叔母は、父親が病床でメモ用紙に鉛筆で書いた手記を持っていた。

そこには衝撃のフレーズが記されていた。

「その親の、親の親にも似る無かれ」と。

これをどんな思いで書いたのだろう?

調べが続くうちに、養子に出され戻された事。

暖かい家庭環境から程遠かった事。などから推察できる事は、決して幸福ではなかっただろうと思えた。

そして33才という若さで結核の病に冒され、やむを得ずこの世を去った。

父は何の為に生まれて来たのか、と思えば思うほど父の無念さが伝わってくる。私がこの仕事に至ったのも、父の執念だろうと実感する。

その為に、唯一父が残したものは「息子である私自身」である。

父が出来なかった事、父がやりたかった事、其れは私自身の中にあると気付く。先ず父を知り、その父になり男としての道を歩むその道は分析家の道である。


 今般「聨合艦隊司令長官・山本五十六」太平洋戦争70年目の真実・役所公司さん主演の映画が上映され、見る機会を得た。

私の父のイメージのベースになった人物である。

そこに描かれた事は、私が参考にした事が多く語られていた。

 その頃日本は日清日露戦争に勝利し、世界の五大国に数えられるまでに成長、そして日独伊三国軍事同盟参加の方向へ向かい始めるが、山本長官は真っ向からから反対、日本が本当に同盟参加が国益になるのか?と、真に見極め決定すべき、損になるなら勇気を持って断念すべきと。太平洋戦争を引き起こす羽目になると。

石油をアメリカに依存しているこの時に、敵に回して石油は確保できるのかと問えば、陸軍はフィリピン・インドネシアからの石油を当てにしていたが、肝心の石油を運ぶ輸送船を鎖される事を考える知恵すら無かった。

まして海軍が壊滅し、制海権を奪われる事など予想出来なかった。

 山本五十六と言う人物はすべてそこまでも考え、制海権を保持する為、アメリカの海軍の力を一時的に弱らせる為、真珠湾攻撃を発案するが、真の狙いである空母が留守であったのが不運というか、これを発端に敗戦の道をただひたすらに辿ることになるのである。

また起死回生を狙い、ミッドウェイ海戦を実行、これも部下である南雲司令長官の判断ミスにより、空母四隻289艦貮機3000名を超える将兵の命をたった一日で失ってしまう悲惨な結果に。

大惨敗に終わってしまった。真珠湾での良い戦果を挙げた事が返って驕りと油断を産み出してしまったのである。

この作戦会議のとき、一人の司令官が「アメリカなど取るに足らない」と発言した。それに対し山本は「取るに足らないとするその根拠は何だ?」と質問、当然答えられない。

緊張の場面。山本の苦悩は相手の戦力を弱らせることに絞られ、その機に和平に持ち込み戦争を終わらせる事に命をかけたのに、逆に自分の立てた作戦により、若い有能な将兵が次々と命を落としていった事にあった。

その為、井上成美軍務局長に若い将兵を育てるように依頼をし将来を託すことになる。

そんな山本は、部下や新聞記者などに「よく見て、よく聞いて、心を開いて、世界を見なさい。」と諭す場面も多かったという。

 男とは、父とは物事を、その根拠を広い見識を持って見極め、正しい事は勇気を持って決断する。たとえそれが上手く行かなかったとしても他人の責任にするのではなく、自らの責任として行動する。

そして若い人たちを育てていく。そこに威厳と慈しみをもって行動していくことだと、今改めて自負する事が出来たので、末尾に山本五十六長官の言葉を記する。

『やって見せ、言って聞かせてさせてみせ、誉めてやらねば、人は動かじ』

『話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば人は育たず、やっている姿を感謝で見守って信頼せねば、人は実らず』

分析家と全く同じだと思う。この言葉通りに分析家として男として父が出来なかった事を精神分析を通して、この道で貫いていこうと心に決めたのです。

   拈湧 笑界・ねんゆ しょうかい
   (新インテグレーターネイム)


http://www.k5.dion.ne.jp/~kanaya/index.htm金谷精神療法研究所

http://lacan-msl.com/contents.html ラカン精神科学研究所のホームページもご覧ください

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