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2012年5月29日 (火)

金谷氏今月のメッセージ (平成24年5月)

以下は分析家仲間の拈湧笑界(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。


テーマ「銀の匙」

 ある青年からの紹介で一冊の本・タイトルは「伝説の教師が教える一生役立つ学ぶ力」に出会った。
灘校を東大合格率№1にまで導いた『奇跡の教室と言われる授業』を行った教師を語っている。

この伝説の教師の名は橋本武・平成24年の7月で100歳になられた。

灘校に赴任されたのは昭和9年21歳の若き時、まだ灘校ではなく灘中だった頃である。

昭和22年・太平洋戦争で敗戦した2年後、GHQの指示のもと学制改革実施で6・3・3制に統一した灘中は高校を新設した。

中高一貫教育・1教科1教師の持ち上がり担当制だった。

そんな状況の中、よく解らないまま東京高等師範学校を卒業して橋本先生になった。

普通なら公立の学校に就職して校長、そして教育行政のトップで教育行政官になるという出世コースを行くのだろうが、橋本先生は違った。

 私立は公立に比べると明らかに格下、しかも退職金制度や恩給〔年金の一種〕も無く将来性もない。誰も選ばない道である。

いつか公立に転職出来ると、軽い気持ちで灘校へやってきた。

当時、終戦後直ぐだったので、戦時中の教科書を都合の悪いところを黒の炭で塗りつぶして使っていた。

それに校長の真田先生は「ああしろ「こうしろ」と指図する事も無く新卒の青二才に全面的に任せ、表立って口に出して指導などと言う方法は一切とらず「無言の指導」に徹した。

このお陰で橋本先生は後に奇跡の授業と言われる様に、普通では考えられない授業を始めることになる。

 まず国語の授業はこうである。

「銀の匙」「かい」と書いてさじと読むが何故「かい」がさじなのか。昔、貝殻をさじ代わりに使っていたところからこの文字が出来た。

教科書を捨てて、この「銀の匙・授業」をやる。

「銀の匙・授業」とは中勘助の自伝的小説・子供の頃から青年期に至るまでの成長物語であり、これを中学三年間この一冊だけで通し教科書を一切使用せず授業を行うと言うもの。

当時としても常識はずれの画期的な試みだった。

 詳しくいえば、一冊を三年掛けて読むので「スローディング」となづけられたこの授業で、非常に大切な事が4つ有る。

1、寄り道をする。

2、追体験をする

3、徹底的に調べる

4、自分で考えるである。


 1、の「寄り道をする」は、小説の中で「材木屋」と言う言葉に出会うとすると、「材木」を取り上げる。

次に材木と言う字が字を入れ変えても意味が変わらない「木材」でも、同じ事をする。

そうすると「議論ー論議」「習慣ー慣習」「製作ー作製」「寺社ー社寺」「苦労ー労苦」「議決ー決議」と言うように、文字が広がり多くの言葉を知る事が出来る。

まだある、文字を入れ替えても意味は同じだが、読みが異なる言葉、「前後ー後前」「黒白ー白黒」「表裏ー裏表」「終始ー始終」

読みは同じだが、字を入れ替えることで意味が変わる言葉、「社会ー会社」「階段ー段階」「外車ー車外」「名人ー人名」「身長ー長身」「行進ー進行」「現実ー実現」「対応ー応対」というように、次々と文字・言葉の寄り道をすること。

しながら多くの言葉に出会う、そして言葉を覚えていく。


2、追体験する。

 これは小説の中に「駄菓子」が出てきた時、橋本先生は神戸のデパートの地下を回ったり、仙台の専門店に手紙で問い合わせたりして小説の中に出てくるものに近いものを、人数分集め、授業中生徒に駄菓子を食べさせる。

今なら、行儀作法衛生管理上の問題とか大変な事だろう。

とんでもない常識はずれもいいとこ、成長期の子供にそんなものを食べさせてとモンスターピアレントならぬ人達が、眉毛を吊り上げて抗議に来る事は想像できる。

先生の考えはこうである。

読んでも解らない、味わってみないと理解できない。

ただ読むだけで人間は理解できないと。

生きた授業をすると言う意味なのである。

その為には寝る間もいとわず「凧揚げ」が出てくれば、手作りの凧を作り自ら上げてみる。

かるたが出てくれば皆でかるたをする。

作者と同じことをして、作者が何を言いたかったかを知る。

感性が育つのと日本の文化も理解できる。


3、徹底的に調べる。

 「丑紅」と言う言葉から、丑は十二支における二番目の動物である。

こから干支の話になり、干支は十干十二支(じっかんじゅうにし)の略で十干と十二支を組み合わせたもの。

甲乙丙丁戊己庚辛壬葵これを音読みすればコウオツヘイテイボキコウシンジンキ」。

訓読みは「きのえ・きのと・ひのえ・ひのと・とつちのえ・つちのと・かのえ・みずのえ・みずのと」となる。

陰陽五行の陰と陽を、兄弟「え」「と」に割り振って分け、きのえ・きのとの様にして10通り十干になる。

これが十干と十二支の最初の組み合わせ「甲子」(コウシきのえね・「えとがしら」)といって、とりわけめでたい年とされている。

 大正13年に完成した兵庫県西宮市にある甲子園は、この甲子の年に出来たので、これが名前の由来に成っている。


4、の自分で考える。

「孝行息子」と言う話があり、昔は修身の時間があって、これを題材にして授業をする。

橋本先生はこれに対し問題を投げ掛ける。

「孝行息子が殿様から褒美をもらった」の様な話は、人を瞞着(まんちゃく・あざむくの意)するものだと言われる。

修身の教科書ではこれを美徳だと褒め称えるが、これを悪徳だと考える。

どちらが正しいと思ったか、整理して考えてみてくださいと、自分の頭を働かせてください。

 そして先生は、自らの感想を述べられる。

「この話は、幼児教育におけるお手伝いと、お駄賃の関係に似ている。お手伝いは美徳ですが、お駄賃をくれなければお手伝いしないと言う状態になれば、美徳は悪徳にすり替わってしまう。

故に褒美をもらう為の孝行は、褒美をくれなければ孝行をしないとゆがめられる恐れがあると言われる。皆様はどう思いますか?」


 こうして一冊の小説「銀の匙」で国語力が付き、自分で考える力や調べる力が増して、読み解く力が強くなる。

好奇心が刺激され、学ぶ事が楽しくなる。そのうえ言葉に敏感になる。
この本を読んでもっとも感じた事は、これが本来の授業ではないか。

点数だけで成績を決められ、面白くない勉強を強制的にやらされる。

不登校になって当然だと思う。

本を読めばそこに答えがあると、万感の書をひもといたとしても実感は味わえない。

人間は体験をすることによって成長をしていくのです。

知識だけでは生きていけない。

全ての学科は国語無しでは成立しない。数学でも問題の読解力で解いていく。

 橋本先生の授業を何故、文部省が取り上げないのだろう。ゆとり教育提唱し行ったが、学力が却って低下してしまい、またまた厳しい成果主義の教育に逆戻りしてしまった。

生きた教育をする為には「銀の匙授業」が、今こそ必要なのではないか。気が付いた人達だけでもスローリーディングでやって欲しい。

精神分析には言葉と知識が必要だから。お願いしたい。

拈湧 笑界・ねんゆ しょうかい
   (新インテグレーターネイム)

http://www.k5.dion.ne.jp/~kanaya/index.htm金谷精神療法研究所

http://lacan-msl.com/contents.html ラカン精神科学研究所のホームページもご覧ください

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