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2014年2月13日 (木)

分析家の独り言 508(宗教と精神分析:滝行と無力な受難)

精神分析は宗教と通じるところがあります。
ラカンが「無力な受難」というように、我々は他者の言葉、大文字のAの語らいを聞くのみ。
そこに選択の余地はなく、生まれてこの方シャワーのように様々な言葉を浴び続けています。
それは親の言葉であったり、社会、学校、地域、職場、先生、友達、親戚、家族、マスコミ、本など全ての言葉です。
意識にあがる言葉もありますが、
その言葉のシャワーを浴びて、自分が無意識に受け取ったものも蓄積されています。
自分にとって良い言葉・有益な言葉もあるでしょうが、マイナスに働く言葉もあります。
先ほども言いましたが、その選択の余地はないのです。
これは誰にもどうしようもないことです。
このシャワーのようにあびた文字を全部洗いなおす必要があります。
これを宗教で行うと「滝行」になります。
滝に打たれて、知らずに受けた言葉を洗い清めます。
「滝行」として現実界で行うか、精神分析の言葉、象徴界で行うかです。
例えば、自分より先に生まれた兄弟が亡くなったとして、
後から生まれた自分はその亡くなった兄弟の身代わりとして生きろというメッセージを浴びたとしたら、
それは自分の人生を生きるなということと同じです。
そのままでは、どこまでいっても自分らしい人生を歩むことは出来ず、
真の仕合せを手にすることもないでしょう。
精神分析は宗教のように、ご本尊もお経も伽藍もありませんが、
分析する意味や内容は宗教に通じます。
精神分析は言語で科学的に行うために、理論的に説明出来ます。
言葉を吐き続け語りつくした時、感謝が出てきて、情緒や愛情という世界に移行していきます。
私がなぜ精神分析の道に惹かれたのかがわかります。
親は宗教を求めましたが、私はどうしても同じものを信頼することが出来ませんでした。
宗教ではなく、言語による科学として自分を知りたかったのです。
方法は違いましたが、根本的に求めたものは同じだったのかと思います。
生きる道を求める心が、精神のDNAとして私の中にも流れていたようです。
大嫌いだった「感謝」という言葉が美しい言葉に聞こえるようになりました(笑)。
          インテグレーター(精神分析家) 登張豊実
http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ
http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法
http://archive.mag2.com/0001106260/index.htmlラカン精神科学研究所メールマガジン

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