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2014年4月 3日 (木)

分析家の独り言 525(新婚期の献身性)

-4月12日、インテグレーター養成講座2 ( 家族Ⅱ 1,新婚j期 )に寄せて- No,2
新婚期の夫婦の心情は、『親密的』、『同調的』、『献身的』、『情熱的』ということです。
中でも『献身的』とは、相手に与える喜び、相手の喜びを我が喜びと感じることです。
与える能力は、相手を喜ばせようとする能力です。
与えられたことのない欠損した人は、人が喜ぶのを見て腹が立ち怒りを持ちます。
与えることの喜びは、要求しない心があるかにも関わります。
「私があなたに与えたのだから、あなたも私に何かよこしなさい」というのでは、本当に与えたことになりません。
『献身的』とは、与え続け見返りを求めないことです。
『献身的』とは、自分育った環境の中でどれだけ与えられたかによります。
まず自分が親から与えれていなければ、人に与えることは出来ません。
それがなければ、与えれば与えるほど、自分の大事なものが略奪・剥奪され、
自分が枯れて無くなっていくように感じます。
人の喜ぎを我が喜びとするのは、母子関係に遡ります。
授乳時に母のオッパイを飲んで赤ちゃんがニコニコと微笑んだのを、
母は自分の養育の喜びであり我が子からの報酬と受け取ったところに始まります。
この時与える喜びと、我が子の喜びが同一視されます。
人はこの母のあたたかいまなざしの元に育ったかどうかです。
ところが、母親が忙しくオッパイを飲ませたり、他のことに気を取られながら飲ませたり、
機械的であったり、義務的であったり、めんどくさく飲ませると、子どもにそのまなざしは
とても敵意に映ってしまいます。
すると、最後には子どもは自分が嫌われているというイメージを持ちます。
そして自分はお母さんをいじめているのではないか、迷惑をかけているのではないかと思い、
私は悪い子だとまで思ってしまいます。
このように相手の喜びを我が喜びとするには、母のあたたかいまなざしの体験によります。
この体験がないと、今度自分が与えようとした時、「あんたばっかり与えられていいわね」、
「私は与えられていないのに、何で与えなければいけないの」となってしまします。
『献身的』とは、相手の喜ぶ顔を見たいためにとる行動ですから、
決して自分が犠牲になっているとは思いません。
相手に尽くせる自分、相手に必要とされる自分であるばあるほど喜びは高まります。
自分が相手の犠牲になっていると思う人は、相手に必要とされるほど、求められるほど負担に感じます。
新婚期にこの献身性を互いが持てるかは、互いの授乳期の母との関係によります。
やはり母との関係がその後の人間観関係の基本となり、母の重要性を改めて知らせれます。
シュヴィングによる母なるものの定義は、
「積極的、献身的で思慮深く、かつ連綿とした優しさとでもいうべき風土の中で、
相手に向けられた配慮全体と称すべきもの」です。
          インテグレーター(精神分析家) 登張豊実
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http://archive.mag2.com/0001106260/index.htmlラカン精神科学研究所メールマガジン

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