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2014年7月15日 (火)

分析家の独り言 564(愛着)

‐インテグレーター養成講座1-1  自己防衛4 防衛と機構 )より  

フロイトは『エス』、『自我』、『超自我』を『自我の三審級』といいました。

『エス』は快と満足を求めて対象に向かうエネルギーです。

『自我』はこのエスの要請に従って手先となり、現実に合わせて動きます。

『超自我』はエスと自我の間で両方を吟味し、現実適応することを目指します。

エスはエネルギーの溜りで、このエスのエネルギーが対象に向かって運動したものを『リビドー』といいます。

エスのエネルギー、リビドーがどの対象に向かうかを選択するのが自我です。

リビドーは対象に向かうエネルギーですから、自我が選択した対象にエネルギーは向かい放出されます。

するとその対象はプラスの電化を帯びるようなもので、それが愛着ということです。

対象に対しエネルギーを供給し続けなければ、愛着は維持できません。

その対象に関心・意味がなくなればリビドーを注ぐことを止めて撤退してしまいます。

愛着を感じるのはプラスの電化を帯びているときだけなので、

リビドーが供給され続けなければいけません。

飽きっぽいとは、このリビドーが一定の物に継続して向かわず、コロコロ変わります。

子どもも一つの対象ですから、プラスの電化=愛着を維持するためにリビドーを注ぎ続けなければ、

愛着を感じなくなり無関心になってしまいます。

例えば親の言うことをきき、その通りに動く時には愛着対象になるけれど、

子どもが親に文句を言い歯向かい、要求ばかり出してくると面倒くさくなり嫌になる。

これでは親の都合のいい時だけ、子どもを愛着対象にしています。

愛着があれば子どもに泣かれても、文句を言われても、

バカにされてもリビドーを向け続けることができます。

これは親自身に愛着された体験がないと難しいことです。

『オールOK』していくと、子どもに愛着を感じるようになります。

「継続は力なり」、「石の上にも三年」、継続してやり続けることです。

           インテグレーター(精神分析家) 登張豊実

http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法

http://archive.mag2.com/0001106260/index.html ラカン精神科学研究所メールマガジン

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