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2014年8月24日 (日)

分析家の独り言 579(流されて生きないために)

- 8月27日インテグレーター養成講座1(自己防衛論5防衛行動)- によせて

防衛法の中に「同一化(同一視)」があります。

「同一化(同一視)」は、他者を自分とみなすことです。

例えば、ボクシングの試合を見ている観客が興奮して総立ちになっている状態です。

観戦している観客が選手の立場になってリングに立ち、

その選手の視点で戦っている相手の選手を見ています。

また、映画やドラマで主人公が後ろから襲われそうになって、

思わず「危ない」、「早く逃げて」と言ったり思ったりしている時もそうです。

これは、見ている自分が後ろから襲われる主人公と同一視(同一化)している状態です。

このようにして人は主観を他者の方へ動かすことができます。

主観は流動的です。

他者の立場になって、そこから物事をみると見え方が違います。

この主観の位置が他者の方へ動き過ぎるのも、固定して動かないのも健康な状態ではありません。

基本的には、主観は自分の中にあることです。

これがいつも他者の方へ動いている人は、他者の視点に立って、

他者の身になって考える人です。

この人は配慮性が高く、周りからは「いい人」と言われます。

他者から自分がどう見られているか、人の目をとても気にします。

主観性が自分の所にないとは、主体性がないということにもなります。

他者の視点に自分を移して、他者の位置から見ているため、

主は他者になり、自分はいつもサブになってしまいます。

それを続けていくと、自分とは何者かどういう人間か、何が好きで

何を目指して生きていこうとしているのかが分からなくなります。

社会や人に流されて生きることに慣れてしまうと、その方が楽になっていきます。

しかし、どこか自分というものの充実感が持てず、虚しさが漂います。

人から嫌われたくなくて、嫌われるのを恐れていい人をしてしまう。

そこには否定的意味のついた、嫌われる自分がいます。

そのためにいつも他者の側に立って自分がどう見られているかを気にして

いい人をしていないと不安になるでしょう。

ただ他者から好かれる自分か嫌われる自分かの意味づけは、

子ども時代の周り、特に親からの扱いによって決まります。

これに対して、いつも主観が自分の側だけに固定している人がいます。

この人は自分勝手で、一切他者の身になって考えたり、見たりすることがありません。

同一視は、他者を自分と見なす主観の移動、流動性です。

自分だけに留まるのでもなく、また自分をいつも離れて

他者の立場から物事を見るのでもなく、程よい適度な流動性を持つといいですね。

その方法として精神分析があります。

                インテグレーター(精神分析家) 登張豊実

http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法

http://archive.mag2.com/0001106260/index.html ラカン精神科学研究所メールマガジン

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