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2014年9月24日 (水)

分析家の独り言 588(対話:心が言葉になる)

ある時スーパーに買い物に行き、バナナが食べたくなりました。

糖度の表示がしてあり、一番糖度の高いバナナを見ていた私の横で、

私より年配の女性が同じようにバナナを見ていました。

私は独り言のように「これが一番甘いのかな」とつぶやいたのですが、

それをきいていた女性は、「そうですよ、私もいつもこれを買います」と言いました。

私の独り言のようなつぶやきをきいて答えてくれたことが、

心地好かったです。

また京都の市バスに乗った時のことです。

45人のアジア系の観光客が乗ってきました。

バスの一日乗車券を持っていて、その乗車券がこのバスで使えるかどうかを

流暢な日本語で話していました。

私と一緒にした友人が彼らに「日本語お上手ですね」と声をかけ、

私も「一日乗車券が使えるか、降りる時運転手さんに聞いてみられたら」と言いました。

はじめて会った異国の人達と、つかの間ですが冗談を交え会話し、

終点で降りた私たちは「さよなら」と手を振って別れました。

人と人が言葉を交わすと、言葉に乗った心が行きかい心の交流が始まります。

言葉に温かい気持ちや思いやりが乗ると、愛や親密性が生まれます。

恋人達のささやきがそうであるように。

夫婦、親子など 家族の中でそういった対話がより多くあるととても穏やかで、

和気藹々とします。

反対に怒りや攻撃性、否定が表現されると、憎しみや恨みが生まれます。

いずれにしても人と人が対話すると、心が言葉になり何かが生まれます。

肯定的な意味を持った尊重や思いやりや愛に繋がる対話を、

身近な人達と重ねると日々の生活も楽しくなります。

笑顔と楽しい会話のある家庭から問題は生じないでしょう。

精神分析もまた対話です。

クライアントと分析家の間に信頼をつくり、受容され、共感や理解、

尊重によって癒され変容・成長していきます。

               インテグレーター(精神分析家) 登張豊実

http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法

http://archive.mag2.com/0001106260/index.html ラカン精神科学研究所メールマガジン

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