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2015年4月12日 (日)

分析家の独り言 649(母の抱っこと犯罪)

子どもは歩けるようになっても、「お母さん抱っこ」と言います。

街でよく見る光景です。

「はいはい」と言いながら子どもを抱っこするお母さんもいれば、

「歩きなさい」と子どもを叱り、子どもは泣きながらお母さんの後を追う、

というのもあります。

例えば、女性の首を絞めて殺してまった犯罪者の心理を考えてみます。

おそらくこの犯罪者は、子どもの頃に母親に抱っこされなかった、抱きつけなった人だろうと思います。

母に抱かれたい、抱きつきたい、しかしそれが出来なったために、

そこに不満や怒り、攻撃性が生じます。

抱きつきたい、抱きしめたいに怒りと攻撃性が加わり、首を絞めるという行為に換喩されます。

なぜなら、その人にとって「抱きつく」ことへ、愛と憎しみの両価性があるためです。

「抱きしめる」は愛の行為です。

「首を絞める」は憎しみから発生する行為の表現です。

こうして「抱きしめる」という同じ行為が、正と負に分かれてしまいます。

お酒を飲んで意識レベルが下がると、無意識が顔を出しやすくなります。

そうすると、やたらと人に抱きつく人もいます。

また、正気でも抱きつき魔といわれる人がいます。

むやみやたらと人に抱きついては迷惑になります。

では、これを分析的に考えてどうしたらいいか?

意味を置き換えて、しかも社会に適応する合法的な方法を考えます。

すると例えば、ラグビーやプロレス、柔道といったスポーツでやればいいでしょう。

ラグビーでタックルすることは=抱きつくことです。

プロレス、柔道で相手を抑え込み、寝技に持っていく、これも抱きつくことの延長です。

しかもスポーツという闘いの場で、「この野郎」と憎しみ・攻撃性も込められます。

これは防衛機制のスポーツによる『 昇華 』ということになります。

こうしてスポーツに換喩できるのはいいのですが、

犯罪者にまでなってしまうのは避けたいものです。

程度の差はあるものの、その基は最初の母による抱っこです。

母に抱っこして欲しいときに心地好く抱っこされた子どもは、

「抱っこ」に対して愛と憎しみの両価性を持つことなく、

大人になっても愛の行為として人を抱きしめたり、抱かれたりすることが出来るでしょう。

お母さん、子どもを優しく抱っこしてあげてください。

              インテグレーター(精神分析家) 登張豊実

http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法

http://archive.mag2.com/0001106260/index.html ラカン精神科学研究所メールマガジン

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