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2015年4月24日 (金)

分析家の独り言 653(映画『ソロモンの偽証』を観て)

映画『ソロモンの偽証』前篇・後編を見ました。

宮部みゆきさんの推理小説を原作に映画化された作品です。

学校内で発生した同級生の転落死の謎を、生徒のみによる校内裁判で追求しようとする

中学生たちを描いています。

中学生が裁判官、検察官、弁護人、陪審員となり、裁判を開きます。

誰も裁かず、ただ真実が明らかになる。

そのための証拠集めをし、事実を積み重ねていく。

後編最後のシーンで校長先生が成長した主人公の女性(藤野涼子)に、

「人は心に蓋をしてしまうと、自分の見たいものを見、自分の信じたいものを信じてしまう、

それが一番恐いこと」という内容のセリフがあります。

その通り、分析と同じだと感じました。

自分を守るために都合よく事実を曲げたり、捏造したり、無かったことにしたりして、

人は見たくないものを見ないことができます。

しかし、無意識は本当のことを知っています。

(例えば、自分は本当に母に愛されていたかどうか。)

そのことを見ないで、意識に上げないで生きていくと、どこかでその弊害が出てきます。

都合の悪いことを無意識に押し込めても、何らかの形で無意識は出て来ようとするため、

それを抑え込むために膨大な心的エネルギーが消費され、当然疲れます。

どんなに抑え込んでも、フロイトのいったしくじり行為や錯誤行為で無意識は顔を出します。

身体化(病気)や行為化(犯罪)に至ることもあります。

また、分析は警察の取り調べに似ているといわれます。

事実を丹念に調べ、事件の原因(犯人)にたどり着くためです。

証拠は現場にある。

そこで何が行われたのか真実を明らかにします。

しかし分析は裁いたり、責めたり、刑に服することを求めるのではなく、

真実を知り、そこで自分はどうであったかを知ったところから、

どう生きるかを前向きに考えます。

無意識に流されることなく、自分の意志で自分の夢と希望に向かって歩むことになります。

映画『ソロモンの偽証』を観て、そんなことをあらためて考えました。

インテグレーター(精神分析家) 登張豊実

http://lacan-msl.com/ ラカン精神科学研究所のホームページ

http://mama.lacan-msl.com/ オールOK!子育て法

http://archive.mag2.com/0001106260/index.html ラカン精神科学研究所メールマガジン

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